アルプスから高尾山

国際結婚しスイスに数年だけ住んで帰国した主婦が日本とスイスのギャップに弄ばれる

インド人を見たら日本人が全員心配性に見えた

私はインドに行ったことがないがよく聞く評判は、
『ハマる人はドハマり、そうでない人は二度と行かない』というもの。
これには衛生事情なども大いに関わっていると思うが、先日インド人と日本人の気質の違いを垣間見る機会があり、これも合う人とそうでない人がいそうだなと思った。

車内がインド

土曜日の夕方、私達は高尾行きの中央線に乗った。
席はほぼ埋まっているが立っている人はまばら。
そして一瞬、あれ、うちら乗ったの何線だっけ。てかここ東京よね?日本よね?となるくらい視界に入ったほとんどがインド人だった。
子供から大人まで合わせて30人くらいいそうなインド人の旅行客グループ。
見渡したら周りにはそのグループに属さないインド人でない人たちもいたが、見渡してしまったのでそれに気づいた優しいインド人青年たちが子連れの私達に席を譲ってくれた。

どこまで行くんだろう

スーツケースを持っている人たちも何人かいたし、観光客だと思われる。
でも今から終点の高尾まで行って山に登るわけではないだろう。サリー着てるし。
でもインドじゃ登山もサリーなのかな。
そんなことを妄想しながら、となりの旦那に何となく言った。
「きっと高尾山には行かないよね」

旦那は答えた。
「きっと新宿まで行くんでしょ」

うん、新宿行きそう。
これからみんなで新宿でご飯でも食べるんだろう。

次は新宿

車内アナウンスがまもなく新宿に着くことを告げる。
インド人たち、降りる素振りナシ。
あれ、新宿じゃないのか。じゃあ中野かな。高円寺って柄じゃないもんな。
また私は勝手に妄想しながらインド人たちを横目で気にしていた。

そして電車が新宿駅に止まった。

ガイド、立ち上がる

電車が完全に停車しドアが開いた。
するとガイドらしきインド人男性が急に立ち上がり、訛った英語で言った。
「は〜い、皆さん、ここで降りますよ〜」

すると30人近くのインド人たちは慌てる素振りも一切見せず、次々と立ち上がって電車を降りていった。

あ、そしてやっぱり降りたのは新宿だった。大正解。

スイス人に確認

これはいいものを見た。
となりのスイス人に聞いてみないと。

私「ねーねー、今の見た?」

旦那「うん」

私「ガイドの人、電車が止まるまで何にも言わなかったよね。これだけの人数がいるのに次で降りることを前もって言わないのって日本人にとってはありえないよね。スイスだったらどうかな。なんか言うよねぇ?」

旦那「うん、次に降りるよって駅に着く前に言うかもね」

私「だよねだよね」

旦那「でも日本人は降りる駅の3つ前の駅から言うよね」

私「……言うかも」

3つは言い過ぎかもしれないが、「次の次の駅で降りますからね〜!」とかすごく言いそう。

心配と安心は紙一重

このインド人たちのリラックス感を目の当たりにし、私は日本人は心配しすぎなのではないかと思った。極端に言えば、降りる駅の3駅前、インド人はまだ楽しく談笑しているところを我々日本人は次の次の次で降りることを心配しながらもうソワソワしなければならない。
これは人生損しているのでは?
でももしこのインド人ガイドが日本人観光客を率いてしまったらクレームの嵐に違いない。
「もっと前もって言ってよね!」
「急に言われて降りそびれたらどうするのよ!」
「電車にカメラを忘れたの、あなたのせいですから!」

そう、私達は安心が大好き。
早めに心配することが安心に繋がるんだ。

そしてこういう感覚がスイス人と日本人は比較的近いと思う。

真面目気質の日本人と比較的真面目なスイス人

思い返せば外国人との気質の違いを初めて強く感じたのは若い頃に行ったメキシコだった。
そこには待ち合わせに1時間近く遅れても悪びれない人々がいたが、彼らにとってそれは当たり前のことのようだった。
そしてスイスに隣接するイタリアやフランスもスイスに比べると時間にルーズなイメージ。
スイスからイタリアへ何度か電車で旅行したが、国境を越えるとなぜかどんどん電車が遅れていった。しかも10分とかじゃない。定刻で出発し5時間後に着く予定が到着は1時間半遅れ。ちなみにスイスの電車はほぼ時間通り。
あとラテンの国でありがちなのが、窓口などが時間通りに開かないのに閉まる時間はきっちり厳守っていうやつ。

ヨーロッパで真面目な国というとドイツを想像する人が多いと思うが、私の印象ではスイス人もラテンの国々に比べたら真面目だと思う。
そして同じスイスの中でもドイツ語圏の人たちはフランス語圏の人たちを怠け者だと思っているらしい。
それでも私の旦那は私より真面目で几帳面だ。
そんな彼は私を「仕事に関してだけ無駄に真面目」だと評する。
この評価、すごく日本人らしいじゃないか。

時間だけに限らず、物事に対する「ちょっとした感覚」が違う人間と生活を共にするのは慣れるまで相当のストレスが溜まると思う。
私と旦那はいろいろな文化の違いを肌で感じながら共に生活し散々喧嘩もしたけれど、ひどくない方なんだろうなと思う。

何だかインドに興味が湧いた

最後に私が電車で見たインド人がたまたまマイペースなだけだったのか心配になり(ほら、私は真面目な日本人)、ネットで「インド人 気質」でググってみた。
インド人にありがちな29個の性格の特徴 | 生活百科
一番目に出てきたサイトの一番最初にあった、『時間を守らない』と。
そしてグーグルの『他の人はこちらも検索』という検索候補に気になる単語の羅列を見つけた。

『インド人 彼氏 嘘つき』

皆様ご苦労されているようで。


そしてこんなのも。

『インド人 美人 なぜ』

なぜ!?人々よ、なぜって来るか。


インダスの、賜物なのかなぁ(遠い目)。




追記:
柄じゃないと言ってしまったが早速こんなの見つけてしまった。東京とインド人のこと、これから勉強しないとな。
lifemagazine.yahoo.co.jp

国際結婚と災害 そして家族

日本人が外国人と結婚すると、多くの場合、自分か相手、もしくはその両方が自分の親や兄弟たちと離れた生活を余儀なくされることになる。
親に反対されて駆け落ちするなら話は別だが、そうでなければ結婚する前によく考えて家族と話し合っておきたいところだ。

自然災害のニュース

昨日の朝、大阪で最大震度6弱の地震が起きた。
被災地以外に住む人間がこのような災害のニュースを知ると何を考えるか。まずは家族や友達が近くに住んでいないかを瞬時に考えるのではないかと思う。
私にはスイスに住む大阪を含めた関西出身の友達が何人かおり、その人たちの顔が真っ先に浮かんだ。7時間の時差があるので彼女たちがこのニュースを知るのは朝目覚める6時間後くらいになるだろうか。
彼女らの家族や友人たちが無事であることを祈るが、今すぐ地震の無事を祈るメッセージを送ってもスイスでは夜中だし、逆に無事だったとしたらただの迷惑になるのではないか。でももし何かあったとしたら早めに家族と連絡を取りたいだろうし。
私がメッセージを送ることには何の意味もないのかもしれない。
心配していることを伝えたいという気持ちはただの私の自我か。

そんないろいろな考えが頭の中を駆け巡る。
犠牲者が出たことを知らせるニュースがテレビから流れる。
火事の映像が生中継されている。
それを見ながら私はただハラハラする自分の胸の動悸を聞いている。

今回は日本で災害が起きたが、逆に海外の災害のニュースを日本で知ることもある。
もしニュースから流れる町の名が自分の家族や友人の住む町だったとしたら。

身近な人の身に何かが起きたとき、日本国内であればすぐに連絡をとり場合によっては現地へ駆けつけることもできるが、海外となると時差があったり連絡が取りづらかったりと、心配しなければいけない時間が長くなることが考えられる。

そしてスイスに住む義理の両親は『日本で地震』というニュースを聞くたびに心臓をバクバクさせているのかと思うと心が痛む。

外国との距離

国によって時差はあるとはいえ、今はインターネットで海外にいながらも日本のニュースをリアルタイムで知ることができる。すっかり当たり前になってしまっているが、これはほんの数十年前には考えられなかったこと。
スイスに住んでいたころに30年以上前にスイスに嫁いだ日本人女性と話をしたことがあるが、彼女は日本を捨てる覚悟で見送る両親と別れ、飛行機に乗ってスイスへ来たと話していた。
私のスイスでの生活は、インターネット環境さえあれば無料のテレビ電話で日本の家族や友達と会話でき、日本食品店で日本の米や食材が簡単に手に入るというもの。そして飛行機代は普段の節約をちょっと頑張れば貯めれるくらいで、大体年に一度は日本に一時帰国ができる。
スイス在住30年の彼女は、こんな生活ができる日が来るなど想像すらできなかったと言う。

これだけ並べると、海外在住者にとって日本との距離はだいぶ縮まっているように思える。
確かにとても便利になって、家族とスカイプで話しているとたまに遠くにいることを忘れそうになることもある。
しかし物理的な距離が縮まる訳などなく、やはりヨーロッパは遠いのである。

家族との別れ

今週のお題は「おとうさん」ということだが、私の父が亡くなったのがまさに私がフランスに住んでいたときだった。
今から9年前のことだが、気が動転していたせいか、あまり当時のことは思い出せない。
部屋にいたときに姉からスカイプで父が倒れたと連絡を受けた。そのときたまたま彼(今の旦那)がスイスから私を訪ねて遊びに来ていた。
そして2度目に受けた電話は父がそのまま亡くなったことを知らせるものだった。

全身の力が抜けた。
家族が大変辛い思いをしているときに自分はこんなに遠くにいて何もできず、『すぐ』に帰るといっても全然『すぐ』に着くわけはない。
彼がネットで航空券の予約をし、私はそのとなりで父が50代の若さで急に亡くなったことに対するショックと、数カ月も会わないまま逝かれてしまった悲しみとどうにもならない後悔、そして母と姉に申し訳ない気持ちで、ただそこにいただけだった。
結局、私は通夜に間に合わず葬儀に参加した。


このフランスでの滞在はワーキングホリデービザによるもので、たった1年だった。
その1年の中で親を失った。
出発前はまさかそんなことが起きるなど全く想像していなかったが、今更ながら海外に住むなら当然覚悟しておかなければいけなかったことだと思う。


フランスの後に住んだスイスで、勤めていた会社の日本人の上司が社員たちの前で「私は父親が危篤だと言われても日本に帰るつもりはない」と言っていたことがあった。彼の言い方は私にとって(だから君たちも帰るなよ)というパワハラのメッセージにしか聞こえなかったが、死に目に会えないかもしれないと覚悟している人は多いだろう。

また、他の職場の同僚だった中国人男性は、上司から夏休みを取るように何度も催促されているのに危篤状態の父親が本当に危なくなったときに帰るんだと言って休暇の日程を決めるのをしばらく渋っていた。
スイス人の上司は生きているうちに早く行ってあげるべきだろうと言ったが、彼は中国で父親が亡くなる瞬間を見届けずに自分がスイスに戻ってしまうことを非常に恐れていた。

遠く離れた海外で暮らすとはそういうことだ。

家族の理解と協力

私は母と姉にいつも助けられ理解してもらえることを本当に心から感謝している。
残念ながら海外に住むだけで親や兄弟に多大なる迷惑をかけることは避けられないと思う。

そして忘れてはいけないのは、結婚相手も同じ状況にあるということ。
私が家族の近くに住めば、彼は家族から離れる。逆も然り。
どちらかが親と絶縁状態などでない限り、これは親が存命な限り常に考えていなければならない問題。
ただ親の介護の問題に関していえば、以前はヨーロッパ人のほうが『子供に面倒を見て欲しい』と思っている親は少ないイメージがあったが、数年前に実際に年老いて生活に支障が出てきたスイスに住む両親のために他国からわざわざスイスに引っ越した家族と知り合ったので何とも言えない。
今現在は私達は日本に住んでいるので、スイスに住む旦那の両親の健康を願ってやまないのはもちろん、もしものことが起こったときにできるだけすぐに行動ができるよう、普段から夫婦間で話し合うようにしておかなければならない。

我々は2011年の東日本大震災を私は東北の実家で、彼は首都圏で経験している。
そのときは結婚していなかったのもありあまりそういった話し合いもできておらず、関係は危機的状況に陥った。
そのまま彼は心配するスイスの家族のために一旦スイスへ帰国。彼は日本にまた戻ってくると言ったが、私はその可能性は低いと感じた。
冷静に振り返れば彼の両親が心配して帰ってこいというのは当然のことだし、逆の立場なら私はすぐに帰ると思うが、その当時の状況下で帰る彼を私は恨んでいた。

何がどうなってかはよく覚えていないがその翌年に我々は結婚している。
震災の後スイスに戻った息子をまた日本に送り出した彼の両親の勇気と我々に対する思いやりには本当に頭が下がる。



このように国際結婚はそれを取り巻く家族の理解と協力なしには成り立たないことを肝に銘じておかなければならない。
そして自分の家族はもちろん、相手の家族に対しても感謝を忘れてはいけない。

今回の地震をきっかけにそのことを改めて痛感した。

最後に今回の震災で犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
ブロック塀なんて無くなってしまえばいいのに。

私がブログを始めたことにより得た副産物 

ブログを始めて早3ヶ月が経った。
3日坊主になるのではと心配していたが、今やめたとしても3ヶ月坊主だ。やったぞ。
これはひとえに読んでくれる方がいるおかげ。みなさん、本当にありがとうございます。


ブログを始めて良かったことの中の1つが社会に関することや日本で流行っていることについて知る機会が増えたこと。
そして自分の世間知らずっぷりを自覚した。


帰国後の生活

私が日本に帰国したのは2017年の秋。
5年間のスイス生活の大部分は妊娠と出産に費やしたし、帰国後も子育てに追われていたのでそれ以外のあらゆることに疎くなっていた。
帰国したばかりで最近の日本のことはわからないことだらけ。もともと我が家はテレビも見ないので情報は自分で探さなければ入ってこない。
主要なニュースだけはチェックしていたものの、本も以前は読んでいたがほとんど読まない。映画も観ない。たまに観るのはユーチューブ。
ツイッターやフェイスブックはアカウントはあったがほとんど更新していなかった。
日本の最新芸能情報などは自然に入ってくるものではないので、スイスの私まで届いた人は、ニュースになったピコ太郎と好きなユーチューバーがたまたま真似していたブルゾンちえみだけだった。
もともと社会情勢や流行などに敏感なタイプではないが、家族と親しい人たち以外には特に興味をもたず、自分と家族に必要な情報だけを探して生活していた。
そして徐々に私は必要最低限の情報があればいいと考えるようになっていた。


ブログを始めたら情報が雪崩れ込んできた

帰国して5ヶ月後に思いつきでブログを始めた。
新しい土地に引っ越して家族以外の人と会うことも少なく、話すのが好きな私は話せないストレスを書くことで発散しようと思った。
正直ブログを始めた当初は自分のブログのことしか考えていなかったのだが、いつのまにか他の方々のブログを読み漁っている自分がいた。
するとどうだろう。
そこでは今まで自ら探しに行かなかったような情報がどんどん入ってくる。
これはまさに期待していなかったブログの副産物。
聞いたことのない言葉や人名、カタカナの単語が文章の半分を占めていそうな私にはチンプンカンプンな専門的な内容のブログまで、今まで私の生活には入ってこなかったであろう情報がそこにはたくさんあった。
一方、ブログ用にアカウントを開設して数年ぶりにツイッターを見てみると、日々起きている事件やメディアでの著名人や一般人の発言に対し、多くの人たちがツイートしたりリツイートしたり、とにかく大盛り上がりで驚いた。
私が子供にご飯を食べさせオムツを代えている間に世間ではこんなにたくさんのことが起きていたんだ。
そんな当たり前なことを思い出させてくれたキッカケはブログだった。


最近習った言葉

先日、子供が寝たのでツイッターを覗いてみた。せっかくアカウント開設したのにいつも存在を忘れがちだ。
忘れがちなので開くたびにものすごい数のツイートがアップされている。たくさんの人たちをフォローしている人は全てのツイートを読んでいたら人生はツイッターで終わってしまうと思うのだが、みんな全部は読んでいないのだろうか。
とにかく、私がフォローしている人のツイートから行き着いたツイートに気になるタグがあった。

#ミソジニスト

私がこの言葉を目にするのは始めてではない。
でもツイートの内容とこのタグのつながりが理解できなかったので、念の為にネットで検索してみた。

女性、女性らしさを嫌悪する人物をミソジニスト(misogynist)と呼ぶ。

引用元リンク ミソジニー - Wikipedia

あ。

もうご察しの方もいるかもしれないが、私は『三十路ニスト』だと思っていた。
『サユリスト』のような造語であるとばかり思っていた。
サユリストって知ってます? 若い時代は 驚きの可愛さだった 人気女優 吉永小百合 - NAVER まとめ

私の想像していた『ミソジニスト』は、三十路を謳歌する洗練された女性だった。
かすってもない。がっつり英語だし。

英語となればここは私の旦那の出番。聞いてみるともちろんこの言葉のことは知っていた。
ついでに『ミザントロピスト』という類語も教わった。人間嫌いな人のことらしい。
Misanthropy - Wikipedia


情報ってやっぱりあったほうがいい

世間は無駄な情報で溢れかえっているということも耳にする。
SNSなどはその根源であると思うが、その情報が必要かどうかはその人個人の問題なので、たくさんの情報に触れてその中から自分の必要と思うものだけを知識として蓄えていけばいいと思う。
『ミソジニスト』の一件は私にとって必要な情報だった。
知らずにうっかり『私、ミソジニストだからさ(前髪かき上げる)』とか口走る前にこのツイートに出会って良かったし、今後どこかで女性をやたら嫌悪する発言をする人を見たり、そういう人に実際に出会ったりしたときに(これがあのミソジニストか。ふんふん。)と、知っていれば慌てず落ち着いて対処することができる。
もし知らなかったら(この人、なんてこと言うの。ひどい!!)なんて取り乱してしまうかもしれない。

他にも最近(ユーチューブ無駄に見といてよかったわぁ)と思うことがあった。
それは子供2人を連れて高尾山に出かけ、チック症の一種であるトゥレット障害という障害を持った人たちを見かけたとき。神経系疾患の難病に認定されている。
トゥレット障害 - Wikipedia

私は一時期ユーチューブでドキュメンタリーを見るのにハマった時期があり、その障害に関するビデオを見ていた。この病気が世間でどのくらい認知されているのかは分かりかねるが、最近の新しいビデオを見つけたのでこの病気を知らない方や興味のある方は是非観ていただきたい。
英語だが主な症状は理解していただけるはず。
www.youtube.com

彼らを実際に見たとき最初は正直びっくりしたが、すぐにその障害であることを理解できた。もし私がトゥレット障害のことを知らなかったらきっと怖がったと思う。親が怖がればとなりにいる子どもたちもそれを感じとるが、知っていれば子どもたちに説明することができる。
このような病気に関する情報はぜひ多くの人に届いてほしいと願う。

まとめ

新しいブログに出会うとその人が他にどんな記事を書いているのか気になりいろいろ読んでみたくなる。そして、まだ読めていないブログやきっと自分好みなのに出会っていないブログが山ほどあると思うともどかしい。
これからも家事や子育てをほどよく手抜きしながらブログを書いたり読んだりする時間を大切にしていきたい。

できればユーチューブも朝から晩まで見たい。

できればカラオケ5時間くらい行きたい。

大人のポテトサラダとフランス語

私はポテトサラダが好きだ。
サラダなのに食べごたえがあって高カロリーなところが好きだ。
基本のポテトサラダは玉ねぎ、きゅうり、人参、ハムなどが使われることが多く、それはそれでとても美味しいのだが、たまにはちょっと大人風にアレンジしてみるのも悪くない。

今日は私が先日作った2種類のポテトサラダを食材のフランス語と共にご紹介したい。
ちなみに私の料理はいつも目分量なのでポテトサラダを知っている人、作ったことがある人向けのレシピになっている点をご了承いただきたい。

ピクルスのポテトサラダ

スイスではピクルスをよく食べる。
代表的なスイス料理のラクレットのお供には必ずピクルス。
フランス語では『Cornichon』
ネット上で調べると日本語では『コルニッション』になっているが、私個人の意見では(ッ)は省いて『コルニション』と発音したほうがフランス語に近いと思う。
もっと言えばフランス語の『r』の音は喉の奥から出すので、フランス語を話すときはローマ字読みの『ラリルレロ』がなんと『ハヒフヘホ』の音に近くなる。
つまり『コルニション』は『コフニション』そして語尾の『ション』は、あのフランス語の代名詞である鼻母音なので、鼻から抜けるような『ォン』の音が欲しい。
この単語が上手に発音できるだけでフランス語がペラペラに話せるような気になる。

そのくらいフランス語らしい単語、コルニション。
フランス語では他人を侮辱するときに『バカな人』という意味でも使われる。
ついでにジャガイモは『Pomme de terre(ポムドテール)』で直訳すると『土のリンゴ』。
もっとカジュアルに英語のポテトのように『Patate(パタット)』ということもあるが、この単語もコルニションと同様に『バカな人』という意味で使われることも。
フランス人は野菜をなんだと思っているのかと突っ込みそうになったが、日本語でも『おたんこなす』、『どてかぼちゃ』、『イモくさい』など野菜を使った他人を卑下する言葉があるので万国共通なのかもしれない。

そんなおバカな人たちを使ったピクルスのポテトサラダ、作り方はいたって簡単。

まずは材料(量はすべてお好みで)

  • ジャガイモ
  • 玉ねぎ(粗みじん切り)
  • コフニション(5ミリ幅に輪切り)
  • 粒マスタード
  • マヨネーズ
  • お酢
  • 胡椒
  1. ジャガイモを皮付きのまま圧力鍋で10分間蒸す
  2. ジャガイモが触っても火傷しない熱さになったら手で皮を剥き、好みの大きさに切る
  3. ボールにマヨネーズとお酢を合わせたもの、粒マスタード、玉ねぎ、コフニション、切ったジャガイモを入れ混ぜる
  4. 味見をしながら塩、胡椒、なんならマヨネーズとお酢を美味しくなるまで足す

ポイントはジャガイモは皮付きのまま加熱してアッチッチと言いながら手で皮を剥くこと。
ジャガイモを生の状態で皮を剥いてから蒸すより早い!安い!うまい!
あ、安くはないが不器用なせいで皮を分厚く剥いてしまい無駄になる部分は少なくて済むのでやっぱり安い!
もうひとつのポイントはコルニフォンを厚めに切ること。
フォルニコンは歯ごたえ命!


アンチョビのポテトサラダ

アンチョビとはカタクチイワシの塩漬けのオリーブオイル漬け。
これもヨーロッパではよくお目にかかる。
アンチョビという名前、初めて聞いたのはいつのことだろうか。
アンはいいとして、おかしいのはチョビだ。ちょび髭のチョビ。
それがフランス語になると、『Anchois』となる。
これフランス語に馴染みのない人はスペルから読み方を推測するのが難しいと思うが、まさかの『アンショワ』と読む。
アンチョビもなかなかだが、アンショワ。
この『アン』も鼻から抜ける鼻母音。
『アンショ』まではすんなりくるのに『ワ』で一気に裏切られる感じがたまらない。
ある意味、『(小声で)アンショ……
ワーーー!!!』だ。

そんなお茶目なアンチョビを使ったポテトサラダの作り方いってみよう。

まずは材料(量はすべてお好みで)

  • ジャガイモ
  • アンショワ(みじん切り、あるいはペーストを使用)
  • 玉ねぎ(粗みじん切り)
  • にんにく(おろしたもの)
  • マヨネーズ
  • お酢
  • 胡椒

作り方はピクルスバージョンと一緒なので割愛させていただく。
ポイントは胡椒。是非あらびきで、食べたらガリガリするくらい入れてもらいたい。
“大人の”ポテトサラダなので。
あとご注意頂きたいのがアンショワの塩辛さ。
初めてアンショワの缶詰を自分で購入して食べたとき、その小ささに思わずまるごと口に放り込んでしまったが、あまりの塩辛さに寿命が縮まったと思った。
食べた人が「ワーーー!!!」っとならないよう、味見だけは忘れないようお気をつけいただきたい。

多言語国家スイス そしてスイス人とフランス人の不思議な関係

私のスイス人の旦那はよくフランス人の友達と遊んでいる。
先日もそんなフランス人友達の中の1人の家に招待され、家族みんなで遊びに行った。
欧米人が大好きな『ホームパーティー』というやつである。

旦那はスイスのフランス語圏の出身で、同じ言語を話すフランス人とは一緒にいやすいようだ。
フランス人の友達はたくさんいるのにフランス語以外を母国語とするスイス人の友達はそんなに多くない。


スイスには国語が4つある

よく「スイスって何語?スイス語?」という質問を受けることがあるが、『スイス語』と呼べるものは『スイスドイツ語』である。
国内で話している人口が多い順から

  • ドイツ語(スイスのドイツ語)
  • フランス語
  • イタリア語
  • ロマンシュ語

となる。

ちなみにスイスのドイツ語はドイツ人が聞いても理解できないとか。
学校で習うのはドイツで使われているドイツ語なので、日本でいうところの標準語と方言といったところだろうか。
しかも同じスイスドイツ語でも地方によってかなり訛りが強いらしい。
私は東北出身だが、地元の言葉を地元出身者以外の人に話してもほとんど理解されないので、私の中ではスイスドイツ語もそれに近いのだろうと理解している。

また、スイスのフランス語も訛りがあるが、そのままフランス人に話しても問題なく理解される程度。
フランス語はフランス国内でも地方によって訛りがきつい。


バイリンガルやトリリンガルがゴロゴロいる

多言語国家であるスイスには多言語を話す人がたくさんいる。
学校では自分の母国語以外の国語と英語が必修科目になっている。
これだけでまじめにやれば3ヶ国語話せる人になる。
もちろん日本人で英語を話さない人がたくさんいるのと同じように「ドイツ語は8年も勉強したのに全然話せないよ」というスイス人もたまにいるが、日本に比べたら触れる機会が多いし、県内で2ヶ国語話していたりする地方もあるので覚えやすいように思う。
例えばスイスで売られている食品のパッケージの裏を見ると、成分表示はいつもドイツ語、フランス語、イタリア語の3ヶ国語で表記されている。(やたら文字多い。)

また、ヨーロッパからの移民も多く、両親の国籍が違うハーフもとても多いので、それだけでまた言葉が増える。
日本で3ヶ国語以上を流暢に話せる人はそう多くはないが、スイスでは全く珍しいことではない。
そして発音の違いなどに苦しめられることなく自然に数ヶ国語を習得できてうらやましいなと私はいつも嫉妬している。


スイス人同士なのに外国語で話すことも

これは私がヘンに感じることなのだが、スイス人同士でも違う言語圏の人でお互いの母国語が苦手だったりすると(あまり多くないパターンに思えるが)英語で話したりする。
日本には国語が日本語しかないので、日本人同士が外国語で話すことを強いられることはあまりないだろう。
東北のおばあちゃんと沖縄のおばあちゃんが標準語が話せずに言葉が通じないということはあるかもしれないが、そこで第3言語の外国語を用いるというのは可能性はなくはないかもしれないが想像しがたい。
スイスではそんなことがたまに起きたりする。


同じ言語で話していてもフランス人はもちろん外国人

スイス人にとって外国人であるフランス人と同じ言語を話している私のスイス人旦那。
私は「ドイツ語を話すスイス人よりフランス語を話すフランス人の方が親しみを感じちゃうんじゃないの?」と聞くが、彼はそんなことはなくフランス人は同じ言葉を話していようが外国人に感じるし、ドイツ語圏のスイス人は言葉が違えどスイス人同士と感じると言う。(それが紛れもない事実であるし。)

しかしスイスのドイツ語圏では食べ物をはじめドイツ文化の影響を強く感じるし、スイス国内でも言語圏による文化の違いが大きいように感じるので、なんとなくフランス人の方がドイツ語圏のスイス人より私の旦那との距離が近いように見えてしまう。


フランス人との距離感が保たれる理由

先日のホームパーティーには日本人とフランス人がそれぞれ10人近くずついたが、スイス人は私の旦那1人だった。
そしてフランス人たちと話したら、旦那がフランス人を外国人と思う理由がなんとなく分かった。
フランス人はスイス人をやたらネタにしたがるのである。
私も散々このブログでスイスとフランスをネタにしているが、フランス人も他人をネタにするのが大好き。
すぐ隣にある山に囲まれた小さな国は絶好のネタになる。

何を言っていたか思い出してみる。
「スイスは山とフォンデュしかない」
「フランス語が訛っている」
「とりあえず田舎っぺ」
ざっと主要ネタはこんなところである。
以前、フランス人の友達がこんなジョークを私に言った。
「スイス人はカラオケが下手。その理由はスイスで大きい声を出して歌うと山の雪が全部落ちてくるため練習できないから」
これを聞いた私は今の旦那と付き合ったばかりだったのでバカにされたことでちょっと悲しい気持ちになった。(今では失われてしまったこの気持ち。)
しかしこのジョークを他のフランス人に話すとみんな腹を抱えて笑い、ジョークを言った彼を絶賛するのである。

この前パーティーで話したフランス人のうちの一人はスイスに住んだという私にスイスネタをいろいろ話したそうだったが、
「これ言うと怒られちゃうかも・・・他のスイス人の友達に言ったら怒られちゃったから・・・」
と30も過ぎていたずらっ子のような笑みを浮かべるのだった。

スイス人の中にはこんなフランス人を目の敵にしている人たちもいるようで、私の知り合いの1人はフランス人が大嫌いになり2度とフランスの地に足を踏み入れたくないと思っている。
私の旦那はフランス人慣れしているのか、私にスイスの文句をいわれ過ぎて慣れたのか、多少スイスをネタにされたくらいでは怒らない。
彼の愛国心は強く揺るぎないので(決して国家主義者ではない)ちょっと外野にいじられたくらいでは痛くも痒くもないようだ。

そんな彼はパーティーでこんなことがあったよと帰り道で私に報告してきた。
旦那は3人のフランス人を前に話をしていた。
「この前さぁ、下の息子が1歳になったから誕生日ケーキに1本ローソクを立てて火をつけたんだけど、普通なら火傷しないようにとか髪の毛が燃えないようにとか気をつけるんだけどさ、うちの息子は1歳になってもまだご覧の通り髪がないからその心配はいらなかったよ。あはは~」
するとフランス人のうちの1人がこう言った。

「・・・・・悪いけどその話、あまり笑えないよ・・・」

見るとそこにいたフランス人たち3人はみんな仲良く額が後退し始めていた。
それに気づいた旦那はまた1人で笑った。
みんな気心の知れた間柄ではある。
親しい中にも礼儀ありと言いたくなるところだが、彼に悪気は無い。
本当はそれが一番やっかいなのだが、いつもいじられているのでたまにはいいじゃないか。


旦那は家についてからもこのことを思い出し涙を流しながら爆笑していた。
私もスイスをネタにするのはほどほどにしたほうがいいかもしれない。


梅雨入りしたのでTOEICの勉強を始めようとしたら痒くなってきた

梅雨ってあったな

2日前に関東の梅雨入りが発表された。
ヨーロッパにも四季はあるが梅雨はなく、私はその存在をすっかり忘れていた。
こんな歳になっても天気に気分を左右されやすい乙女な私。
昔から雨が続く梅雨の季節は憂鬱だった。
雨が降るからといって家にいることを強いられるわけではないのだが、外に出るのは濡れたりムレたり面倒くさいので家にいたほうがラク。
さて、長男が幼稚園にいる時間帯を家にいながら有効に使うには何をしたらよいものか。

雨の日の有意義な過ごし方

そこで思いついたのが英語の勉強だった。
次男も1歳になるので私はそろそろ就職活動を本格的に始めようかと思っている。
35歳を過ぎての再就職は厳しい道のりになるかもしれないが、今は昔、貿易事務のはしくれをやっていたことがありけりなので、ここはぜひ英語のスキルをブラッシュアップして再就職に繋げたいところである。
とはいうものの最後に代表的な英語の資格であるTOEICというものを受けたのは遡ること17年前。
今ではテスト形式も変更しているようだ。
そんなことよりも問題なのは私の英語力。
スイス人旦那と付き合いだした当初はまさに貿易事務をしていたので職場で英語を使っていた。
そして彼も私もお互いの母国語を話さなかったので、2人の会話も英語だった。
これは紛れもない事実なのだが、私の今の英語力からはにわかに信じがたい話である。
でも一度はそこそこまでいったので、ゼロからのスタートよりは始め易いはず。
とりあえず自分の今のレベルを知るために実際に勉強してみよう。

梅雨が私に味方してくれない

勉強するには教材が必要だが、ズボラで特技が3日坊主な私。
今までお情けの数回しか開かれないまま何年間も本棚を陣取っていた語学の単語帳や問題集の存在を思いだし、ここはケータイの無料アプリから手を出すことにした。
アプリをいくつかダウンロードし、午前中の空いた時間に家の中でとりあえず単語から覚え直そう。
そう思って2日たったが、あれ、昨日も今日もとっても天気がいい。
昨日の朝は、洗濯をして布団を干して気分は上々。
「雨も降っていないし今のうち買い物行っちゃおうかしらー」なんて家を出たら近所のスーパーで数少ないママ友の一人にばったり遭遇。
そのままお茶という流れになり、英語の勉強の予定は日本語会話に変更された。
やっぱり雨降ってくれないと勉強できない。
結局寝る前に布団の中で単語アプリを開いた。
開いて3分で寝た。

体も私に味方してくれない

そして今朝も朝からいい天気。
お弁当を作っていると何だか左手首に違和感を感じた。
見ると虫刺されのようにボコっと盛り上がっている部分があり、なんだか痒い。
うちで蚊に刺されるのは長男の仕事だったのに。(現在は蚊避けも設置済み)
夏が来るぅ~ そして奴も来るぅ~ - アルプスから高尾山

するとみるみるうちに盛り上がりの範囲は大きくなり、次は両肘の付近にも同じような湿疹を見つけた。
これは蚊ではなさそう。じゃあダニか?でも昨日も布団を干したばかりだし。
とりあえず念のため皮膚科に予約の電話を入れた。
その後も体のあちこちにみみず腫れのような湿疹が出てくる。
たぶん蕁麻疹な気がする。
痒くて英語なんてやる気にならないので今こうしてブログを書いている。

久しぶりに勉強なんて私らしくないことをしようとしたから体が拒否反応を起こしたのだろうか。
おまけに再就職を急に思い立った私は、市の認可保育園の空きを待っていても世紀末になりそうなので認可ではない保育園に昨日電話をして見学の予約を入れた。
これにも体がびっくりしたに違いない。
「え、あんた再就職とかする気あったの!?」とあまりの急展開についていけずに蕁麻疹。
「再就職のためにTOEICのスコアを使いたいなら普通もっと早く勉強始めるっしょ。今からじゃ間に合わなくない?遅過ぎじゃね?」で蕁麻疹。

自身の計画性の無さと気分のムラには呆れるが、こんな性格のおかげで今まで変な職場で働いたり変わった経験ができているので『ま、いっか』と思って生きている。
日本では人様に迷惑をかけるなと言われて育つが、こんな性分なので迷惑かけながら生きている。
でも自分は誰かに迷惑かけられても許してあげられる人でありたいし、自分の迷惑を許してくれる家族や友人に感謝を忘れずに生きていきたい。

にんげんだもの
ずぼら

おあとがよろしいようで。
皮膚科行ってきます。

国際結婚あるある 日本語が出てこない

私と旦那は息子達のために家の中ではフランス語で会話することにしている。
スイスにいたころは基本的に日本語で会話をしていた。

スイスではいくら夫婦間の会話が日本語とはいえ必然的にフランス語で話す機会が増え、その当時は仕事もしていたので尚更のこと日中の頭はフランス語モードだった。
また日本人の仲の良い友人たちがいたが、彼女達とはもちろん日本語で会話した。
そして私たちはみんな同じ問題を抱えていた。
それは『日本語の単語が出てこない』ということ。


こんなことを言うと世間の人に「ちょっと数年だけ海外に住んだだけでなにカブれちゃってんの」と思われるかもしれない。そんな批判を両手広げて受け止めたって出てこないものは出てこない。
加齢による記憶力の低下も手伝っているとは思うが、要因はそれだけではなさそう。

私のフランス語は簡単な日常会話レベルでビジネスレベルには到底及ばないが、拙いなりにもフランス語で話す機会が増え日本語をあまり使わないので忘れる。
旦那は日本語を話すが語彙は一般的な日本人に比べたら少ない。
いつも彼が理解できる単語を選んで会話をするため、同じような単語ばかり繰り返し使うようになり語彙力は乏しくなる。

また、私の日本人の友人のほとんどは旦那と英語やフランス語で会話していた。
そうなると日本語を話す機会はずっと少なくなる。


今回は在外邦人を悩ませる日本語をカテゴリー分けしてみる。

熟語や慣用句

特に難しい四文字熟語などではなく、普段使いの熟語が出てこない。
「えっと」と「なんか」を連発しながら記憶の中にかろうじて残っている言葉たちを探る。
すんなり出てこないなら熟語を使わずに話したほうが速いのに、それらを忘れ去ってしまう不安に駆られて無駄に熟語や慣用句を文中に挟み込みたくなる。
小中学生レベルの四字熟語もチャンスがあればバンバンねじ込んでくる。

例:A美「あんたいっつも他力本願じゃん」
  B子「そう、だから職場で四面楚歌なんだよねー」
 A美「自業自得ー!」
 B子「きゃはは、ぐうの音も出ないわぁ」

会話の内容が稚拙でも知的レベルが上がったように聞こえるので「日本語をちゃんと話したい」という自己欲求は満たされる。
 

外来語

フランス語で生活している人にとって日本語の外来語はトリッキーだと思う。
なぜなら英語由来の単語が多いから。
最近では日本でもフランス語由来の外来語も耳にするようになったので、なおさら英語由来の外来語が出にくい。
以前は英語だったのにフランス語をよく聞くようになった代表的な単語を挙げてみよう。

英→仏
チョコレート→ショコラ
チーズ→フロマージュ
ジャム→コンフィチュール
ラズベリー→フランボワーズ
など他にもたくさん。
問題は日本語で会話しているときに『ジャム』という名前が出てこなくて『コンフィチュール』と口走ってしまったら最後、一瞬にして気取ってるやつとみなされる可能性があること。
日本でフランス語はオシャレなイメージなのでアパレルの店名とかフランス語だらけ。
帰国して改めてその多さに驚く。

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店名『有給休暇』
そしてその下はサガンの小説『悲しみよこんにちは』ならぬ『悲しみよさようなら』と続く。


一方でフランス語よりも英語を話す機会が多い日本人はどうなるのか。
スイスにいたころ、そんな日本人の友人の家に遊びに行ったときのこと。

(部屋の中に洋楽が流れている)
私「この音楽って何?CD?それともラジオ?」
友人「え?これはレディオ」
私「……レディオ?……ラジオじゃなくて」
友人「…うん……え?」

彼女は別に徳永英明の熱狂的ファンなどではない。
ただフランス人の旦那と常に英語で会話している日本人妻。
彼女は時折あなたを異次元の世界に誘う。

感嘆詞

先日、旦那が私に唐突に言った。
「え。なんかスイス人みたいになってるじゃん」
私は何のことを言っているのか分からなかったが、どうやら私の『咄嗟の一言』はフランス語(スイス訛り)になっているらしい。
そのとき旦那が突っ込んだのは、私が床に落ちたものを勢いづけて拾うときに出た一言『オップラー(Hop-là)』だった。
日本語で言うところの『よいしょ/どっこいしょ』にあたる単語である。
10年前にこの言葉の存在を初めて知ったとき、私はその違和感に笑ったはずである。
それが今ではこの有様。


他にも自分で気づいているがよく言ってしまうのは『アイ(Aïe)』。
これは『痛い!/やっちゃった!』みたいなリアクションの言葉。
日本語では反射的なリアクションの言葉であろうが、『イタっ(痛い)!』とか『アツっ(熱い)!』とかちゃんと意味のある形容詞になるが、これはうちの旦那に言わせると日本語のおもしろポイントらしい。
確かに危機的状況でもちゃんと説明するのが真面目な日本人らしい気がする。


もう一つ自分で気づいてやめたいなと思っているのにやめられない口癖がある。
それは、相手の言ったことが聞き取れずに聞き返すときに使う言葉。
日本語で『え?』にあたる言葉だが、私は『あぁ?』と言ってしまう。

私は中学生のとき、カナダ人の英語教師デビーが『アァ?』と聞き返してくるのが怖かったのを今でも覚えている。
普段は優しく笑顔が素敵な彼女が急にチンピラみたいな口調になることが怖かった。
20年の時を経て私はすっかりデビーになってしまった。


そして私が発音がとてもフランス語らしいと感じる感嘆詞『Oh là là (オララ)』、英語で言う『Oh no(オーノー)!』のように、びっくりしたときや困ったときに出る言葉。
フランス語圏の人々はよく使うが私はまだこれには手を出していない(はず)。


自分で自覚しているのはこの程度だが、傍から聞いたらもっとおかしな日本語を話している可能性もある。

でも『ショコラ』や『フロマージュ』を耳にするようになった今日、『オップラー』が日本で市民権を得るのも難しいことではないように思える。
オップラー、なかなか可愛いじゃないか。

私がおばあちゃんになる頃には老人たちが皆『オップラー』と言うようになるのを夢見て私は堂々と使い続けることにしよう。