アルプスから高尾山

国際結婚しスイスに5年住んで帰国した主婦が日本とスイスのギャップに弄ばれる

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記憶力との戦いと、マシューとの戦い

そろそろ再就職したいと目論み、コソコソと応募書類を作成してたり送付したりしている私には心配事がある。

それは30代の女性が白髪の増加と共に直面する恐怖。


MO・NO・WA・SU・RE =

物忘れ


30代も半ばになると記憶力低下の言い訳がありすぎる。
妊娠 出産 加齢 育児ストレス

もう妊娠中から「自分はこの先の人生やっていけるのか」と不安に感じた。日本人女性の平均寿命を考えると、この先約50年ある。30代の今の時点でこの調子じゃ60歳になるころには

「日本人の主食って何だっけ?今朝食べた気がするんだけど……」

みたいなことになるに違いない。末恐ろしい老後の生活。


ちょっと緊張していたりパニくったシチュエーションだと自分の電話番号さえ忘れる。これはもうそろそろ医療機関で検査をしたほうがいいレベルに近づいているのではないだろうか。


しつこく居座る昔の記憶

こんなにハイレベルな物忘れをしている私だが、以前は決して記憶力が劣った人間ではなかったはず。


私は中学生のときに映画と音楽にはまった。
雑誌を買い漁っては好きな俳優やバンドの名前を記憶していった。その熱は20代半ばくらいまで続いただろうか。

映画

洋画の2大雑誌といえば『ロードショー』と『スクリーン』。海外の俳優の名前表記が違ったりしたが、そのどちらも覚えていた。スクリーンの名前表記はネイティブの発音に似せた表記のようで、ちょっと特殊なものもあった。

レオナルド・ディカプリオはレナード・ディカプリオ

ユマ・サーマンはウーマ・サーマン

え、本場ではウーマなの??   
うま?   ・・・馬?  このあたりから様子がおかしくなってきた。
(ちなみにフランス語では「ウマ・トゥーマン」みたいに聞こえる。
トゥーマン!!)

そしてなんと言ってもこれ。
マシュー・マコノヒーは
マシュー・マコナヘー 



マコナヘー!??



マコナヘーに関しては響きが印象的過ぎるおかげかもしれないが、これらのことは20年近く経った今でも覚えている。マコナヘーの知識は残念ながらこの数年間で披露する機会はなかったし、この先も無いだろうから今日を最後に忘れ去ってしまってその代わりに新しい有益なことを記憶したいくらいだが、マコナヘーは私の脳にこびりついて離れない。きっと死ぬまでマコナヘーは忘れないんだ。そしてこの先「マチュー・マコノヒー」という名前を耳にするたび私は心の中でつぶやくだろう。

(マチュー・マコナヘーとも言うけどね)、と。


音楽

音楽も大好きで、邦楽洋楽問わず歌の歌詞も覚えていた。
テレビの音楽番組の中で好きな歌手やバンドが演奏しているところだけを録画したVHSをたくさん持っていた。まだYOUTUBEなんて無かったので、テレビの前に張り付いて一生懸命にこの“つぎはぎ”ビデオを作って何度も何度も見た。

これは今から20年も前の話なのに、未だにその当時に聞いていた歌の歌詞は自分でも驚くぐらい覚えている。自転車に乗りながら口ずさむのは90年代のヒット曲ばかり。引退した小室哲哉の作った歌も小林武史の作った歌も私は歌い続ける。
90年代の音楽はサイコーなんだぜぇ。

ロッケンロー。


幼稚園で必要になる記憶

ハーフの子を持つ親である私は、どうやら幼稚園のクラスメイトの親たちに覚えられやすいらしいことに最近気付き、焦っている。

私は決して目立つタイプの人間ではない。どちらかというと黙っていると影が薄いタイプだ。(しゃべり出すと失言したりするので誰かの印象に残る可能性は高くなる。)
顔だってサッパリ弥生人顔だ。先日、上野の国立科学博物館に行き、弥生時代の人の蝋人形を見た。私が彼らの代わりにガラスケースの中に入っても生身の現代人が入っていると誰も気づくまい。私の顔はシンプルな日本人顔で、スルーされやすいはず。

それなのに。
幼稚園や近所でよく挨拶される。みんな私の息子の名前を覚えてくれている。私も何度も話したことのあるお母さんや、ファッションや顔に特徴があったり誰かに似ている人は結構すぐに覚えられる。

でも子供の名前まで覚えるのはなかなか難しい。名簿はあるが、お迎えやイベントのときにたまに見かけるだけの子供たちの顔と名前がどうも一致しない。
向こうが私の息子の名前を呼んでくれているのに、私が相手の子供の名前を言えないのが不自然だし、覚えてないことがバレていそうでばつが悪い。


先日、ある親子の集まりに参加したとき、一人のお母さんに挨拶をした。私は初対面だと思い、「はじめまして。ですよね?」と保険で(ですよね?)を付けて言ってみたところ、案の定「あ、もうお会いしてます」という返事がきた。私の頭上だけスコールが降っているんじゃないかってくらい汗をかいた。

「あ、そうでしたっけ!?失礼しました!!」

その場にいた私の知り合いのママ友が、前回ショッピングモールでばったり会ったときに一緒にいたのが彼女だよと説明してくれた。しかも彼女の子供の名前が私の子供の名前と同じだと紹介されたのだった。これでやっと思い出した。

「あああ!そうでしたね!すいませーん!」

もう笑うしかない。すると彼女は付け加えた。

「そのあともう一度お会いしています。幼稚園のイベントの日に帽子を落としたのを拾っていただきました。」


はいはいはいはい。
確かに幼稚園のイベントで帽子を拾いましたわ。そしてそれを探していたお母さんに渡したんですわ。

2度も会って、しかも話までして子供が同名という共通点まである人のことを覚えていないって。これは認知症と名のつくものなんじゃないだろうか。

いやきっと違う。私は気がついた。
私は人の顔をちゃんと見ていないのだ。いつもチョロマカ動く息子に気をとられ、人と話していても心ここにあらずなのだ。
本当に申し訳ない。もうちゃんと顔を覚えた。こんな失礼な女に笑顔でたくさん話をしてくれた優しい女性だった。


問題なのは『物忘れ』よりも、『覚えられない』ことなんだ。


もう私はみんなに顔を覚えられないようにサングラス常用するか。そしてカゲでみんなに「タモリ」っていうコードネームで呼ばれるのも悪くない。


んもう!こんなこと言ってる場合じゃないわ。このままじゃ『感じ悪いヤツ』というレッテルを貼られてしまう。


その前にこんなに記憶力ヤバい30代を雇ってくれる人がいるのだろうか。
カモフラージュするために、私のこれまでの人生の賜物である長期記憶を武器にしよう。
90年代ヒットソングメドレーがソラで歌える人材をお探しの会社をご存知の方、
ぜひご一報を。



なんとかしてよマコナヘー!!