年が明けて無職になった。
短期契約のパートが去年の年末で契約満了を迎えたのである。
さて、また就職活動だ。子供の保育の関係で早く仕事を見つけないといけない。
求職中という身分で保育園にいられるのは3カ月間。
ハローワークの頼りになる相談員に会うために予約を入れ、ついでにハローワークから遠くない場所にある行きつけになりつつある美容院にも予約を入れることにした。
予期せぬ展開
よし、今回は面接に受かりそうな髪型にしてもらおう。
そんな私の髪の毛は、ちょうど肩に付くくらいの長さになっており、甚だ鬱陶しかった。
毛量が多くて剛毛なので、マフラーを巻く季節になると髪を結ぶしかない。
結ばずにマフラーを巻くと、満員電車で周りの人に髪が刺さるような状態になる。
何となくご想像いただけるだろうか。
せっかく前髪も伸びてきたことだし、真面目ちゃんっぽくアゴまでの長さのワンレンボブにしてもらおう。
そう意気込んで美容院に到着。
いつもの男性美容師が私の顔を見て挨拶した。
前回来たのがいつだったかという会話をしながら私の頭をいろいろな角度から観察する美容師。
今回はどうしたいのかと聞くので、アゴの長さくらいにカットして欲しいことを伝える。
「うーん… うーん… 」
なんだか悩んでいるようだ。私の髪の多さはもう知っているはず。
「…前回も大変でしたよね… 」
あ、確かにこの髪をどうやってまとまりやすい髪型にするか考えてくれたのは覚えている。
私の髪の毛は多くて硬い上にうねっているので、ただ単純に毛量を減らそうと髪を「すく」と逆に広がってしまうらしい。
美容師「…うーん… 切りたいんですよね?」
私「え… はい、切りたいですけど…」
美容師「このくらいの長さになってやっとこのくらいにまとまってくるので、こんなこと言うと商売っ気ないって言われちゃうんですけど、切らないほうがいいと思うんですけどね…」
私「え… そう…ですか…」
美容師「切りたい気持ちはすごく伝わってくるんですけどね、この髪質はロングヘアーが一番楽だと思います」
私「じゃあこれから伸ばすのを前提に、ちょっと揃えてもらったりしたらいいんですかね?」
美容師「…揃えなくてもいいと思います。意味ないと思います。逆にヘタにハサミ入れると広がっちゃうんで」
私「え… じゃあ今日はこの辺で失礼したほうがいいでしょうか」
美容師「うーん…」
私「…」
なんだこれ。
こんなやり取りを20分近く続けただろうか。
美容師は取り合えず「切る」とは言ってくれた。
ただ問題は私の髪質だけではないと言い始めた。
美容師「アゴの長さくらいにしたいんですよね?そうなると、お客様は後頭部が出てるんで、頭の奥行きがすごいことになりますよ。
レオンのナタリーポートマンですよ」
私の髪にクシを当てながら説明する。
ナタリーポートマンなら私が部屋にポスターを張るくらい昔大好きだった女優である。
これはすごくネタっぽいけど本当の話だが、私は中学生のころナタリーポートマンみたいな鼻になりたくて、ちょうど鼻骨のある辺りを竹の定規でトントンたたいて鼻を腫れさせていた。
気のせいかもしれないが、たたいた直後の3分間くらいは1ミリほど鼻が腫れて高くなるのだった。それを鏡で斜めの角度から見て3分間の幸せに浸るのである。改めて文字にするとヤバさがヤバいな。
私を形容するのにあのナタリーポートマンが出てくる日が来るなんて夢にも思っていなかった。
でも勘違いしてはいけない。
ボブにしたらナタリーのようになるのは私の後頭部であり、ボブにしたからといって私の顔は1ミリもナタリーに近づかないのである。
第一、後頭部が出ていたって髪質すら全然違うから「ナタリー化」するのはあくまでも出っ張り具合のみである。
それでもちょっと喜んでいるアラフォーの自分がいる。
いざ断髪
私はナタリー化することを了承し、髪を切ってもらうようお願いした。
そこでハサミ入れとなるのが流れと思いきや、美容師が手にしているのはバリカンである。
「じゃあとりあえず長さ取っちゃいますね」
彼は私の髪の毛にバリカンを近づけると、アゴの長さくらいまで髪を「刈った」。
私自身も驚いたことに、その作業は彼の右手のみで行われた。左手で私の髪を抑えたり引っ張ったりせずとも、バリカンは見事に私の下ろした状態の髪の毛を刈り揃えた。
「すげえな」
美容師も思わず感嘆する私の髪の硬さ。商売道具のハサミが刃こぼれするのを危惧してのバリカンだったのだろうか。
そして刈り揃えられた私の髪の毛の断面を下からのぞき込み、彼はその厚さに満足そうだった。
「何とか人形みたいになりましたね」
私もせっかくだからとその断面を手で触ってみたが、なるほど、言うなれば新品の「亀の子たわし」だ。
そしてまだヘアースタイルは完成していないのに私に手鏡を持たせ、合わせ鏡で私の後頭部を確認させる美容師。
「ナタリーポートマンですね」
まだ言いますか。こっそり照れる私。だから誰も顔が似てるなんて一言も言ってないって。
しっかりとその手鏡で自分の顔を確認する。見慣れた弥生顔だ。
彼は私の頭頂部の髪の毛を一握り掴み、
「一般の人の髪の量ってこんなもんですから」
と言った。
じゃあそれ以外の髪を全部刈ったら私は普通の人になれるのか。
いや、昔の久保田利伸になりそうだ。
「じゃあ髪の毛どんどん取っていきますねー」
どうやら彼に言わせると、私の髪の毛は「切る」ものではなく「取る」ものらしい。
頭頂部の髪をまとめ、それ以外の髪をほんの少量ずつすくい取りながら、それを根元の方からハサミで切り落としている。
シンプルに毛量を減らしていくようだ。
それをしばらく繰り返すと私の頭はだいぶ軽くなった。
促されるままに頭を触ってみると、自分の地肌を近くに感じることができる。
地面に散らばった毛髪を見せられる。ホウキでまとめたら猫1匹の大きさはありそうな毛の塊。それが長さ的に5cmほどしか切っていない私1人から出た毛であるという事実は信じがたいものがあった。
その後シャンプーをしてもらい、髪の毛を乾かす際に、どうやったら髪がまとまりやすくなるかアドバイスを受けた。
「ドライヤーで乾かすときは、あまり強風ではなく弱めの風の方がまとまりますよ」
そういいながら髪を乾かしていくが、なかなか髪は乾かない。
「ん。乾かねぇや」
そう言って強風に設定を変えてガンガン乾かす美容師。この数秒前の自分の発言にとらわれない潔さには逆に好感を持った。
髪の量は減らせても太さは変わらず剛毛なので、水分を含む力は存分に残っているらしい。
完成した髪型は自分では気に入った。
美容師は満足そうな私を見送りながら、
「お騒がせしました。またお待ちしています」と言った。
今のところカット後の私の髪は大人しくしている。
この季節はニット帽を被ることも多く、それも手伝って髪は落ち着いてくれる。
あとはこの聡明そうな髪型が手伝って面接に受かれば言うことなしだ。
緊張すると汗ばんで、その湿気で髪が膨らむのが心配だが、
「髪が多すぎるから」という理由で面接に落ちたなんて聞いたことはないので、
自分を信じて今日もまた1通、履歴書を送る。