アルプスから高尾山

国際結婚しスイスに5年住んで帰国した主婦が日本とスイスのギャップに弄ばれる

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自己肯定感

私は子育てにおいてミスを繰り返している。

基本的に息子が学校からもらってくるお便りは流し読み、

あるいはタイトルで大して重要ではないと判断したものは読まない。

こんな調子なので、持ち物を持たせるのを忘れたりするのは日常茶飯事。

 

こんな状況は育児放棄と見なされそうだが、正直否定できない。

学校、保育園のあれやこれ。本当に面倒でやりたくない。ちゃんとやってない。

ただ、子供のことは大好きなのである。

小学校や保育園の事務的なお便りは流し読むが、

子供たちの様子を伝える内容のものは興味があるので読む。

もしものときに自分の身を守れるよう子供たちにはプールを習わせていて、

子供たちが泳ぐ様子を見るのは好きだが、

プール教室では子供が何級か覚えていない。

こんな具合である。

周りの子供たちの習い事に熱心な親御さんたちとの温度差を感じずにはいられない。

ちなみに我が子たちも習い事にそんなに夢中になっていなそう。

毎回行きたくなーいと言う。行ったら楽しそうではある。

 

昨日、子供の習い事の試合の日程を間違えて、彼のチームが出場しない日に試合会場まで連れて行ってしまった。

当の本人はまったく気にしていない様子だったが、

私は帰り道で自転車に乗りながら泣いていた。

情けない。恥ずかしい。

そんな感情が渦巻いて朝9時のフレッシュな太陽を背に泣いた。

 

周りの保護者の冷たい視線(私の想像の中ではすべてがネガティブに脚色される)がズブズブと身体中に刺さって抜けない。

 

一方、私と全く同じ体験をした夫はそんな私を見て驚いている。

「誰でも失敗するよ〜。

僕は子供のころからこういうことするキャラだし〜」

とか言ってる。

こういう出来事にダメージ受けないのかと聞くと

「子供たち無駄に早くから急がせてそこは残念だけど、

休日に早起きできて、朝の気持ち良い空気の中

子供たちとサイクリングできて良かったじゃーん!

今から何しよう?(with 満開の笑顔)」

 

この差である。

これ自己肯定感の差以外の何ものでもないのではなかろうか。

なんか悔しい。

 

私はやるべきことやらないくせに

周りの人たちにバカにされないよう虚勢を張る日々。

隣には周りにどう思われるかとか関係なくね?を地で行く夫。

健康診断の日の朝にうっかり朝ごはん食べて

「すいませーん!本当にごめんなさーい!」って検診先に電話して

日程変更を余儀なくされても

「残念だけどしょうがない」ですぐさま平常運転に戻れるメンタル。

昨日の一件もたぶん私が話題に出さない限り忘れてる。

 

そんな人といると私は流行りの繊細さんなのでは?HSPなのでは??

と思えてきて、

信憑な面持ちで「私やっぱりHSPだと思う」って夫に言ったら

「HSPの人、若いときそんなに毎週末クラブに行ってないと思う」と言われた。

そこで、私はロックな奴なんだと結論付けることにした。

社会の堅苦しいルールに縛られず自由に生きてる。

もちろんスケジュールにも縛られない。

行きたかったら試合にエントリーされてなくてもとりあえず行くし、

それでも試合に出してもらえなかったら

Fワード吐き捨ててまた自転車で旅に出る。

学校から息子が持ち帰る堅苦しいお便りは基本読まない。

あのこんまりも書類は全捨てって言ってた。

 

ロックだから笑いたければ笑い、泣きたいときに思う存分泣く。

 

この前、同じ学童保育に行ってる息子の同級生のお母さんに会った。

「この前の保護者会、行きましたか?」って聞いたら

「保護者?そんなのあったんですかぁ?」

って輝く笑顔で返された。

バリバリ働く看護師の彼女。

 

眩しかった。

 

ロックだった。